萬湯奔想> SL山口号の旅 2

 

SL山口号の旅−2

2002年6月

小郡駅を出発したSL山口号、先に述べたように重連編成です。重連で無い日は C57とディーゼル機関車の組み合わせになるそうです(それも興ざめですね)

牽引する客車は僅かに5両なので 馬力不足と言うことはないと思うのですが メンテナンス性を考慮して蒸気圧力を下げて運転しているのかも知れません(機会があればお尋ねしてみます)。

  C56 C57
製造日 昭和14年4月20日 昭和12年3月22日
重量 65.5トン 115.5トン
馬力 505馬力 1040馬力
全長 14.3m 20.2m
水搭載量 10トン 17トン
石炭搭載量 5トン 12トン
動輸直径 1,400mm 1,750mm
最高速度 75キロ 110キロ
  昭和54年8月1日よりSL山口号として運転開始 昭和62年6月よりC56と共に重連運転開始(重連日は限定)
備考 1935年から1942年の間に164両が製造された小型の客貨兼用の機関車です。軽快なその姿から「ポニー」の愛称で呼ばれる人気のある機関車です。
1937年から1947年の間に201両が製造された中形の旅客用機関車です。C51形からC55形へと改良がくり返されC57形で完成度が高められました。美しいスタイルから「貴婦人」と呼ばれています。
製造
川崎車両(現在の川崎重工業)
C57
手前C57・後C56

写真上:C56 写真下:C57
写真だけではつまらないと思いますが 動画はありません(失礼)
下記サイトが蒸気機関車の動画が充実していますのでご覧ください

おすすめ Gleam Golden Numbers


一般にC−は旅客用でD−は貨物用です。動輪の数や直径が異なります。
日本の蒸気機関車の最高出力はC62型の約2000馬力です。重さは約150トンで その重さ故に 走行できるのは幹線路線に限られたと伺います。


最高速度は110キロ止まりですが 満州鉄道などに導入されたパシナ形蒸気機関車は 幅広のレール幅を生かして最高速度約200キロ近くを達成しました。(もちろん機関車のみの単独:記録狙いの走行ですが)
流線型のカバーに包まれた大型機関車の写真を見た記憶がある方もいらっしゃるでしょう。
重さは200トンを超えるバケモノです。製造は川崎車両(現在の川崎重工業)
パシナ形蒸気機関車

パシナ形蒸気機関車についてはこちらが詳しいようです
川崎重工業 車両部への内部無断リンク(笑)

ディーゼル機関車には3000馬力の車両もあります
電気機関車には5000馬力の車両もあると伺ったことがあります
(私が小学生の頃の記憶なので保証無し)

小郡駅を出発して直ぐ思ったこと・・・。トルク変動があって乗り心地は良くない・・・・。


機関車一台に付き左右に1基ずつピストンがあるので4ピストン、内燃機関と違って動輪一回転に付き2回膨張課程があるので8気筒エンジンと同じトルク変動で 決して乗り心地は悪く無いはずですが 2台の機関車の出力差がそうさせるのか ぐっ ぐっ と前に引っ張られるような感じで 力強いとも言えますが 決してスムーズではありません。

 

小郡駅を出発しても しばらく市街地の中を機関車は走ります。
最後部の展望車に行って後ろを眺めていると 踏切や住宅地から子連れの住民の方々が山口号を見るために外に出られています。山口号の運転が始まったのは昭和54年と20年以上前ですが 今なお地域の住民に愛させているのが判ります。

列車が走り出すと乗客は席を立って前に行ったり後ろに行ったり・・・・ 列車に乗ると機関車が見えないので実感ないですね。よく揺れる電車と同じです。

展望車に行くと皆必ずすること・・・・。機関車の方(進行方向)を見ることですが・・・・・
やっては駄目です 列車の周囲には煙突から排泄された煤が舞っていて 進行方向を見ようモノなら目の中に否応無しに煤が入ってきます。ご注意を!!

市街地を徐行して湯田温泉に到着 数分で出発して山口駅に着きます。

山口駅の次の仁保駅は山口市から阿東町へ抜ける峠の駅となります。ここから山口号の本領発揮です。周囲の家々は疎らとなり田園風景となります。

線路の勾配も急になりますので 煙突からの煙の凄いこと・・・・ 火事が走っているようなモノです。周囲にはアマチュアカメラマンと思われる方々が熱心にカメラを構えていました。撮影ポイントが決まっているのでしょうね。田畑のあぜ道にスラリと望遠レンズと三脚が並んでいるような場所もありました。

しかも仁保駅以降はトンネルも多く ご存じかもしれませんが蒸気機関車がトンネルにはいると そりゃもう凄いことになります。トンネルから抜けると トンネルから煙突のごとく煙が吹き出しているのが展望車からよく見えます。

子供達がおもしろがってトンネルの中に入っても展望席で粘っていたので 何事も経験!と私もトンネルの中で展望席に出てみました。・・・・・が そのトンネルは行程中一番長いトンネルだったのです。1分・2分・・・トンネルを抜けません 咳・鼻水が出てくるようになり 痰には煤が混じり始めました。とうとう気管支喘息のようになりギブアップ!!
車内では嫁が大笑いしていました。窓を閉めて走っていますが僅かな隙間から煤が車内に入ってきていました。

仁保駅から篠目駅への急勾配を過ぎると標高300メートルの阿東町の高原地帯を列車は進みます。長門狭での停車時間は僅か2分程度。ホームに降りた乗客が取り残されそうになりましたが車掌が気づき再度停車、乗客が乗り終えた後発車するという一幕もありました。

その後の地福駅では、写真撮影等の時間を確保するため6分停車します。ここで観光バスに乗り換えて下車する方が大勢いらっしゃいました。何処かのツアーなんでしょう。

 

たった6分なので 乗客の皆さんは大忙しです。

やがて列車は山裾に沿って走り 終着駅の津和野に近づきます。

しかし私たちは一つ手前の駅(徳佐駅)で途中下車します。
このまま終着駅に着いても面白くない・・・・ということで 走り去るSLを見るためにホームに降ります。

山口号が走り去った後・・・・次の列車は40分後!!!ある程度は覚悟していましたが 時刻表を見て愕然としました。

徳佐駅のホームで次の列車を待ちます。無人駅なので寂しいです。

やってきたのはSL気分ぶち壊しのローカルワンマンディーゼルカー・・・。ええけどね。

他の方よりかなり遅れて津和野に着きましたが ちょうどSLの給水作業をしていました。 

 

その3

萬湯奔想に戻る