萬湯奔想> 吹屋 ふるさと村/吹屋銅山(岡山)笹畝坑道
吹屋 ふるさと村/吹屋銅山(岡山)笹畝坑道 |
銅山とベンガラの町として栄えたころの町並みがよく保存されていることから昭和41年県のふるさと村に指定され、昭和52年国の「重要伝統的建物群保存地区に」選定されている。山間に保存状態の良い家屋がある。鉱山から産出される硫化鉄を原料とした赤色の顔料(ベンガラ)の産地として繁栄した。1707年ごろに製造が開始されたが、昭和30年代から化学肥料の副産物を原料をした新製法が主流になると衰退傾向となり、昭和49年でその製造は途絶された。
圧巻は807年から開発が始まった吹屋銅山である。1681年から大規模な坑道が掘られ、最盛期は大正時代に三菱資本で開発がなされた。次第に粗鉱の品位が下がり昭和6年に休山したが、戦後になって再開し、ほそぼそと続いたが、昭和47年、ついに長い歴史に終止符を打った。一時は1200人もの従業員が働き、この地区の人口も3000人を超え、中心地として栄えたようである。笹畝坑道はそのなかでも初期の坑道で、昭和53年度吹屋ふるさと村整備事業として復元整備され,昭和54年11月から一般に公開している。坑道の復元延長は320mで中央部は蜂の巣のように採掘されており,また鉱石搬出用軌道も残されておるなど見せ場も多く,内部気温は15℃と夏は涼しく冬は暖かい別天地である。 ◆笹畝坑道◆ 吹屋地区の鉱山としては笹畝鉱山のほかに、吉岡鉱山、本山鉱山、大竜鉱山、相山鉱山、人次鉱山、雉子谷鉱山、坂本鉱山などがあり、合計8つの鉱山があったようですが、そのほかにも小泉鉱山というのが岡山県川上郡成羽町大字小泉にあり、昭和中期頃まで操業していたようです。
お化け屋敷にかなり近いものがあります。
吉岡鉱山専用軌道 成羽〜 田原の間に専用軌道が明治41年9月に開設され人力トロッコによる営業が開始さ された。大正4年からは馬による牽引がされ、大正8年より田原〜坂本8キロが延長。 鉱山専用であったが、地元住民や貨物の輸送もされたようである。鉱山の経営不振に より昭和13年に田原〜坂本の軌道が撤去された。(伯備線、芸備線開通の影響も、 あったようだ。)昭和18年まで地元の足として利用され、また、石炭工場の貨物 輸送などで営業を続けたが、廃止となったそうである。
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